「ねえちゃあああん……」
「ねーちゃん……」
「うるさいさっさと寝ろクソガキ共」
「ねーちゃんもいっしょおおおお」
「いっちゃやだあああああ」
「作業あるから無理。後で様子見に来るから」
今日はいい天気だなぁ、霧が凄くて家から外を見ると別世界。
蘭と竜胆が風邪を引いた。
昨日の夜、仕事で冷凍庫の中にいたんだと。
別にいい、人間だから風邪も引く。
別にいい、仕事で冷凍庫使うのは。
なんで冷凍庫なのにいつものスーツで行った?馬鹿なの?どう考えても風邪引くわ、むしろそのままよく死ななかったな。
今朝になって顔色が悪そうにしていたふたりの熱を測ったら見事に熱あった。
竜胆のスマートフォンで三途に連絡し、念の為自分のスマートフォンで明司に連絡しておく。
三途のことだからヤクキメて佐野に伝え忘れてたら面倒だし、明司なら平気だろ。
風邪引いたんだから寝てなよ、と言ったはいいものの、ふたりのためにお粥やらフルーツやら必要なものを用意してたら寝てろっつったのにきゃいきゃいはしゃぎ始めた。
オマエら体温計見た?38℃あるんだけど?
お粥食べてフルーツ食べる時はあーんしてだのなんだの言ってたので大きめに切ったうさちゃんりんごを突っ込んだのは言うまでもない。
それでもソファーに座る私にベタベタとくっつくもんだからそこで堪忍袋の緒が切れた。
手早くふたりを簀巻きとして縛り上げた自分凄いな、このふたりのことに関しては衰えを全く感じない。
簀巻きにしてされるがままのふたりに冷却シートも貼り、運ぶ前に氷枕も用意しておく。
それぞれの部屋に運ぶのも面倒だし、ふたりともベッドはふたり並ぶには十分な大きさだったから手前の蘭の部屋のベッドに放り投げた。
ふたりの枕を氷枕に替え、簀巻きにした上から念の為毛布をかけ、寝やすいようにカーテンをして電気を常夜灯にする。
さすがにきゃいきゃいはしゃいでいてもしんどいものはしんどいんだろうな、全く身動ぎできないらしい。
時間は見ておこう、時計を確認し、べそべそと泣いているふたりに声をかけた。
「ちゃんと寝てなよ」
「やだああああああ」
「ねーちゃあああん」
はしゃいでいたとはいえ、いつもより覇気がない声を聞きながらドアを閉める。
しばらくは部屋で作業してるか。
簡単にリビングと台所を片付け、トレーにコーヒーと摘めるお菓子を乗せて部屋に戻った。
ちなみにこの和室に布団だったんだけど、以前のアトリエぐちゃぐちゃ事件から布団からベッドに変えたんだよ。
ある程度収納できるし、ちょっとしたテーブルがついてるベッド。
その方が部屋のスペース取れるから、半分はアトリエよりは小さいけど作業エリアとプライベートエリアを分けられる。
枕持ってきたふたりが一緒に寝れない!なんて嘆いていたけど知らん、つーかいつまで一緒に寝るんだ、三十歳児か、そのままどっちかの部屋に連行するんじゃねえよ。
和室の半分から窓側はプライベートエリア、ドア側は作業エリア、画材や絵は日光に弱いものもあるから。
さあ今日の作業を始めよう。
どのくらい時間過ぎたかな、三十分で区切るつもりが夢中になり過ぎた、昼だって過ぎている。
窓の外へ視線を向ければもうすぐ日が暮れそうになっていた。
コーヒーは空っぽ、摘んでいたお菓子は結局半分もそのままだ。
夜ご飯の支度やら風呂の準備やらをしよう、あとふたりの様子も見ないと。
一度マグカップとトレーを持って台所に下げに行き、リビングのカーテンを閉めて次はふたりが寝ていると思われる蘭の部屋に向かう。
静かに部屋に入れば簀巻きにされたままとはいえ、ふたりはぐっすり眠っていた。
なるべく起こさないように簀巻きを解き、それから順番に額に触れる。
冷却シートは熱を吸収して乾いていた。
氷枕はまだ冷たいから夜ご飯の時間くらいまで大丈夫かな。
ぺりぺりとゆっくりふたりの額に貼っていた冷却シートを剥がしていると、竜胆が薄らと目を開ける。
「ねーちゃん……?」
「ごめん、起こしたね」
「ううん……」
ねーちゃんのて、きもちい。
冷たさを求めて私の手に擦り寄る竜胆の額を撫で、頬に手を当ててやる。
さっきより熱は下がったと思うけどしんどいのは変わらないんだろうな。
「新しいシートと飲み物持ってくるよ、飲める?」
「うん……のめる」
「ん、ちょっと待ってて」
蘭はまだぐっすりだ。
竜胆の頭をくしゃくしゃと撫でて、一度台所に戻った。
冷蔵庫に入れていた冷却シートとスポドリをふたり分のコップに注いでトレーに乗せる。
ゼリーくらいなら食べれるかな、あ、アイス買ってくればよかったな。
ふとポケットのスマートフォンが振動して、確認すれば明司と九井からメッセージが入っている。
仕事は問題なかったこと、終わったから九井が必要そうなものをこれから届けに来ること。
明司にはそれならよかったと返し、九井にはあったら助かるものを送信した。
すぐふたりから返信が来て、明司からは看病よろしく、九井からはすぐ行くとのことだ。
ちなみに三途は案の定ヤクキメててスマートフォンなんて見てないらしい、だよなー。
スマートフォンをポケットに入れて蘭の部屋に戻る。
おや、蘭の姿がない。
「トイレだって」
「吐いたりしてないかな」
「たぶん」
「ゼリーも持ってきたけど食べれる?」
「あーんして」
「今日だけな」
竜胆が体を起こしたので簀巻きにしていた布団をベッドから下ろした。
ベッドに腰を下ろし、ぼーっとしている竜胆の前髪を掻き上げて新しい冷却シートを貼ってやり、先にスポドリのコップを渡す。
竜胆が両手で持って飲んでいる間にゼリーの蓋を剥がしていると、蘭がのろのろと戻ってきた。
私を見ると億劫そうにしがみつく。
あっつ。
竜胆は少し熱下がったみたいだけど蘭はあまり変わってない。
「……だるい」
「だろうな」
「ねえちゃんつめたい……」
「その言い方だと冷たい人間みてーなんだけど」
「んー……?ねえちゃんはやさしいよ……?」
「ほら、蘭も座るか寝るかしな」
そっと背中を撫でて促せば私にしがみつけるように器用に横になった。
竜胆と同じように前髪をよけて冷却シートを貼る。
少し身震いしたけれど、それだけ熱があるんだろうな。
膝に頭を乗せて私に腕を回し腹に顔を埋める蘭の頭を撫でながら竜胆から空になったコップを受け取った。
一番しんどそうな蘭は後だな、そう思って先に竜胆にゼリーを食べさせているとインターホンが鳴る。
多分九井。
ちょうど竜胆の分のゼリーもなくなったので、一度ふたりをベッドの中に戻してインターホンの対応に行った。
「はーい」
『あ、姐さんオレだけど』
『姐さんに言われたモン買ってきた、開けてもらっていいか?』
「鶴蝶まで悪いね、開けるから上がってきて」
エントランスのロックを解除して、玄関の鍵も開けておく。
エレベーターの待ち時間もほとんどなかったのかほんの二、三分でふたりがやってきた。
スポドリの他にも経口補水液やゼリーにアイス、レトルトのお粥やスープもある。
めちゃくちゃ助かるな。
あとコンビニ弁当がいくつかあるのはなんで?
「姐さんの夕飯と思って、あとオレらもここで食べてこうと思うんだけど平気か?」
「わざわざありがとう。いいよ、食べてって」
「ふたりの様子は?」
「蘭の方が熱下がらなくて、竜胆は少し下がったよ」
リビングに上がったふたりにコーヒーを淹れ、持ってきてくれたもので冷蔵庫に入れるものを入れた。
適当にしててと九井と鶴蝶に声をかけ、一度蘭と竜胆の様子を見に行く。
お、蘭の分のコップも空になってるな。
すやすやとふたりで身を寄せ合うように眠っていたので特に声をかけずに部屋を出た。
戻れば鶴蝶が台所でコンビニ弁当を温め、九井が簡単に食卓の準備をしている。
「あいつらも人間なんだな、珍しいじゃん」
「昨日の冷凍庫が響いたんだと、なんで九井と鶴蝶はピンピンしてんの?」
「いや、むしろふたり以外はピンピンしてるしなんならマイキーが一番薄着だったぞ」
「あいつらはしゃいで一番寒ィとこまで入ったからじゃね?」
「ほんとに三十歳児かよ」
アホか、目に浮かぶわ。
少し早めの夜ご飯で三人それぞれコンビニ弁当を食べる。
九井はひとりで三つ、オマエその体のどこにそんなに入るんだ。
そういえばうちで食べた時も一番食べてたな、蘭と竜胆がムキになっていたけど結局おかずも白飯も九井の胃に納まったんだったわ。
ビュッフェ形式のところに連れてったらどうなんだろ、出禁されそう、九井だけ。
それからしばらくふたりと話をして、ふたりは帰っていった。
律儀に片付けもしてってくれたし、蘭と竜胆より年下のはずのふたりが一番気が利く件について。
あの蘭と竜胆の様子だと、明日まではあのままだろうな。
夜は布団を持っていって同じ部屋で寝よう。
そう決めて自分の部屋に一度戻った。
次の日、案の定まだふたりは熱は下がってもしんどそうにしていたのではしゃがない限りはあれこれ世話を焼いたとだけ言っておく。
親戚のおねえさん アラフォーの姿
風邪引いたら大人しくして欲しかったのにはしゃいでいたから簀巻きにしてベッドに放り投げた。
自分が体調を崩しやすいのでどう世話を焼けばいいのかわかってる。
少しでも作業しようと思って部屋に行くもんなら蘭くんも竜胆くんもぐずるので、ふたりが寝ている部屋でスケッチブックに落描きしてた。
手は冷たい。
灰谷兄弟 梵天の姿
風邪引いたけど看病されるの嬉しくてはしゃいでいたら簀巻きにされて放り投げられた。
前日冷凍庫ではしゃぐから…冷凍庫でどんなお仕事してたのかおねえさんには言ってない、言わない。
体力ありそうな竜胆くんは熱下がるの早いけど、竜胆くんより体力なさそうな蘭くんは長引きそう。
放り投げられてからは大人しい雛鳥みたいになってた。
次の日起きたらおねえさんが布団持ってきて寝てたので潜り込んでたりする。
梵天の皆さん
おねえさんが連絡入れたのは三途くんと武臣さん、お見舞いというか差し入れに来てくれたのは鶴蝶くんと九井くん、ふたりの仕事が回ってきたのは望月くん。
あいつらでも風邪引くんだな、人間だったんだな……としみじみ感じた。
一番薄着だった佐野くん含めみんな元気。
今後冷凍庫に赴く時もこもこになる灰谷兄弟を見て「だよなあ」と納得する。