割とガチで巻き込んでしまったので絶対に守り抜くと決める灰谷兄弟梵天の姿

ねーちゃんが攫われた。
個展を閉めていたら攫われた。
ねーちゃんが抵抗したのか、それとも荒らされたのかわからねえけど、壁にかけてある絵は無事だが他のものはぐちゃぐちゃになっていたんだって。
それから少しだけ血痕があって、ねーちゃんが愛用している鞄やスケッチブックはそのままに。
サッと血の気が引くような音がした。

「灰谷、オマエらはこの件に関わるなよ」

「はァ!?ねーちゃんが攫われたんだぞ!」

「だからだ、オマエら冷静じゃねえだろ。オマエらが熱くなってオマエらが怪我する分には自業自得だからいい、けれどオマエらが熱くなって怪我すんのは姐さんかもしんねえ」

「あいつはオマエらの身内でも一般人だろ、状況によっちゃ命の危険だってある」

ぐうの音も出ない。
鶴蝶と明司の言葉に何も言えずに黙り込むと、兄ちゃんがオレの肩に手を置いて鶴蝶にどうするのか聞いていた。
ねーちゃんが攫われるのだとすれば理由はふたつ。
ひとつ、オレらの身内だから。
そりゃあ梵天のボスも幹部もねーちゃんとは十年以上の付き合いあるもんな。
親しいし、オレと兄ちゃんは従弟だから敵対組織からしたら恰好の人質になると思う。
ふたつ、ねーちゃんだから。
ねーちゃんは今では有名な絵師だ。
気まぐれに描いた落描きが九井もびっくりするような値がつくことも多々ある。
純粋に金目当てに攫われた可能性だって高い。
もしくはねーちゃんの身内がオレらだと知らずに攫って身代金でも要求するか、そんなところか。
どちらにせよ、すぐに殺されることはない、それが鶴蝶と明司の結論だ。

「可能性が一番たけーのは前者だと思うけどな、オマエらあいつがアトリエ借りていた時襲撃されたろ」

「……そっか、オレらがあそこに出入りしたの知っていて、あのアトリエを借りていたねーちゃんまで遡れば特定されちまうか」

「わかった、オレと竜胆は待機してんよ。ただ、ねえちゃんの情報入ったらすぐ寄越せよ」

待機しているとは言ったが行かないとは言ってないからな、そんな副音声が兄ちゃんから聞こえてきたけど知らないふりをした、オレもいつでも行けるようにしとこ。
大丈夫かなねーちゃん、怪我してねえかな、やなことされてねえかな。
ねーちゃん、一般人なんだよ。
少しだけ手の早い、けれど普通の絵師だ。
やんちゃを止めることはあれど、今回のようなことは敵わない。
前にアトリエを襲撃された時、ねーちゃんが買い出しに行っていてよかったと、運がよかったんだと思う。
鶴蝶がボスと三途に話をしてくると事務所を出ていき、ここにはオレらと明司だけ。
ああ、とてももどかしい。
思わず煙草を咥えて火をつける。
ねーちゃんに会ったら嫌な顔されんかな、でも絵を描いていたり絵のある場所だったりしなけりゃ嫌がらねえか。

「オレはむしろあいつ攫っていったやつらが心配だがな」

「は?何言ってんだ明司」

「一般人とはいえ手の早さはオレらと同じかそれ以上のあいつが大人しく攫われたとは思えねえ、いや心配はしてる、けどそれ以上に誘拐犯が心配」

「あー……」

「わかるわー……」

顔色の悪い明司の言葉にちょっと同意した。
そうだな、ねーちゃん容赦ねーからな。
アトリエ襲撃された時、オレら何されたっけ?え?ビール瓶で殴られた?なんでオレら生きてんの?
飴で作られたとはいえビール瓶で殴るとか鬼か、酷いな、でもねーちゃんだからな、しょうがない。
煙草の煙を吐き出して、灰皿に灰を落とすと兄ちゃんのスマートフォンが鳴った。
それにオレも兄ちゃんも顔色を変える。
オレと兄ちゃんはねーちゃんからの着信音だけ変えているから、それが、今、鳴った。
三人で顔を見合わせ、兄ちゃんがスマートフォンを手に取る。

「なぁにねえちゃん、お迎え行こうか?」

極力いつもの声音で、けれど笑ってない顔で兄ちゃんがそれに応じた。
何言か言葉を交わすと、兄ちゃんはスマートフォンをスピーカー設定にしてテーブルに置く。

『だからよォ、オマエらの姉ちゃんの命が惜しかったら手を引けっつってんだよ。取引しようぜ』

「取引ィ?オマエらみてーな三下と?寝言は寝てから言いな」

『いつまでそんな強がりできていられるか見物だな』

「オマエらはねえちゃん攫った証拠もねえのに何言ってんだ。本当に攫ったんなら声くらい聞かせろよー」

『……ふん、おい、余計なことは言うなよ』

兄ちゃんが相手との会話を引き伸ばしている間にオレと明司はパソコンやら機材やら持ってきて兄ちゃんのスマートフォンと繋げた。
ねーちゃんのスマートフォンのGPSがどの程度使えるかわからない、つーか次からは常時オンにしてもらう、嫌がっても譲らねえ。
九井がいればもっと早くできるだろうけど、やれることはやっとかねえとな。

『……蘭?』

「ねえちゃん、生きてる?」

『生きてるよ。ごめんね、個展の片付けに手間取ってた』

「んーん、手伝い行けなくてごめんね。大変だったでしょ」

『今まさに』

「だよね」

たまにねーちゃんの声に咳が混ざる。
兄ちゃんに風邪?と聞かれてねーちゃんは蹴られた、と返した。
は?こいつら殺そ。

「それだけ?」

『髪引っ張られて殴られた、ので蹴った』

「頼むから大人しくしてて」

『……竜胆もいる?』

「うん、近くにいるよ」

『……ごめん、ふたりに迎えに来て欲しいな。疲れちゃった』

「……もちろん、待ってて」

明司とパソコンの画面を覗けば、ざっくりとだけどねーちゃんのスマートフォンがどこにあるのか地図上で点滅する。
それから電話の相手がねーちゃんから最初の男に代わり、スピーカーを切って兄ちゃんが相手をした。
兄ちゃん、怒るのわかるけど手、握り締めすぎて血ィ出てるよ。
それはオレも同じか、今明司に言われて気づいた。

「楽に死ねると思うなよ」

兄ちゃんが低い声でそう吐き捨てると通話を切る。
まあとりあえず、ねーちゃんのいるところも大体わかったし、ねーちゃん生きてるし、迎えに行こうな。

 

待機しているとは言ったが絶対守るとは言ってない。
ボスと三途が取引に応じるふりをして、鶴蝶とモッチーがねえちゃんを奪取する、九井と明司は近くの車で待機、オレらは事務所待機。
けれどオレらが行かなきゃだめだろ、ねえちゃんはオレらに迎えに来てって言ったんだからさ。
そう言ってこっそり九井と明司に合流すると、やっぱりなと頭を抱えていた。

「取引場所内緒にしろよって思ったけど姐さんのGPSからここだって知ってるもんなぁ……オレは止めねえ、明司止めろよ」

「オレも止めねえよ。あいつはこいつらに迎え頼んでんだから」

「さっすが明司話わっかるー」

「平気だよ、むしろ頭に血が上りすぎて一周回って冷静というか」

「うわ」

廃ビルの前で静かにそんなやり取りをして、オレと竜胆はボスたちが取引をしているであろうところまで移動した。
途中、向こうの部下がこちらに気づいたらサイレンサーをつけた銃を使う、竜胆だったら相手の口塞いで首を折る。
オレも警棒で殴ってもいいんだけど音するからなー。
そんなこんなで目的の場所へ。
一番広い部屋、その前にも敵がいたのでなるべく音もなく始末した。
少し開いているドアから覗くと、窓側にボスたち、オレらのいるドア側にねえちゃんと向こうのリーダー格。
……おっ?ここならすぐねえちゃん取り戻せんじゃん。
つーか汚ねえ手でねえちゃんに触ってんじゃねーよ殺す。
三途に銃を向けられ、周りの部下も鶴蝶とモッチーに殺られたのか、余裕があるようでない男がねえちゃんを引っ張ってねえちゃんに銃口を向けている。
あっ、無理だわ、もう少し大人しくしていようと思ったけど、無理。
オレが動くよりも早く竜胆が動いた。
ドアを引いて開けることなんてしねえ、蹴り開けた。
オレより力があるし、この廃ビルボロボロなんだろうな、蝶番ごと外れたドアは男の背中にぶち当たり、その上に竜胆が乗る。
男の腕に引かれて倒れそうになっていたねえちゃんはオレが引き寄せた。

「灰谷兄弟!?」

「なんでここに!?」

「オマエら事務所待機っつったろーが!!」

「ねーちゃんがオレらに迎えに来てって言ったんだから来たんだよ!ねーちゃん無事か?何もされてねえ?あっでも触られてたよな殺す」

「待て待て竜胆、ねえちゃんの前ではやめろって。あー……ねえちゃんめちゃくちゃ顔腫れてんじゃん、殺すのは賛成な」

「……オマエら命令くらい従えよ」

珍しくボスが天を仰いだ、それからオレの腕の中にいるねえちゃんを見て安堵の息。
後ろ手に縄で縛られているねえちゃんを解放し、怒涛の展開に頭が追いついていないねえちゃんがぱちぱちと瞬きする。

「……ねえちゃん?」

それからはらりと、ねえちゃんの目から雫が落ちた。
無表情で、ただ涙を零すだけのねえちゃんに思わず全員の動きが止まる。
竜胆なんかドア越しに男を一際強く踏みつけた。
意識はないだろうが呻き声は届く。
鈍い音は続く、竜胆がドア越しに男を踏みつける音。
いつもなら目の見えるところでやるなと言うねえちゃんは無表情ではらはらと泣いているだけ。

「竜胆と迎えに来たよ、帰ろうねえちゃん」

「……」

こくりと頷いたねえちゃんを抱き上げて、竜胆に声をかけた。
やり足りないとでも言わんばかりの表情、ボスを見ればさっさと行けと手を振られる。
ねえちゃんはオレの首に腕を回し、肩口に顔を埋めるとしゃくりを上げて泣き始めた。
そんなねえちゃんに大丈夫、と声をかければ竜胆もねえちゃんの背を撫でる。
後はボスたちに任せて、九井と明司のところまで戻った。
ギョッとしていたけど、特に声をかけるでもなくドアを開けられた車に乗り込んで、シートに身を預けてねえちゃんの背を撫でた。
明司が運転席に、九井が助手席に乗り込んで一度事務所へ移動する。
その間もねえちゃんはしゃくりを上げて泣いているままだし、竜胆は沈痛な面持ちでただねえちゃんの手を握っていた。
後で知ったことだけど、あの男は三途によっていつもの場所でスクラップにされたらしい。
そりゃあそうだろ、あの場で終わらせてやるほどオレら梵天は甘くねえ。
事務所のソファーにねえちゃんを下ろし、しゃがんでねえちゃんの前髪を掻き分けて顔を見る。
殴られた、って言ってたから酷く顔は腫れているし唇は切っているし鼻血だって出ていた。

「ごめんなァねえちゃん、今回は本気で巻き込んじまった」

ふるふると振られる首。
竜胆が濡れたタオルで顔の血を拭い、腫れたところに優しく押し当てる。
これも後で知ったけれど、ボスと三途が取引に頭を悩ませていた組織だったらしい、で、有利に進めるためにねえちゃんを攫った、ねえちゃんの描いた絵は梵天の資金にもなっているし、いろんな意味でねえちゃんを狙ったんだと。
ねえちゃんはもちろん抵抗したけれど、複数に敵うわけもなく連れていかれた、抵抗した分殴られたし蹴られた。
シャツを捲れば蹴られたところが痛々しい赤黒い色になっている。
オレらの手であいつを殺せなかったのは少々残念だが、そんなモンよりねえちゃんが優先だ。

「ねーちゃん、ごめん。オレか兄ちゃんがついて行けばよかったな。ごめん、無事でよかった……!」

「竜胆まで泣くなよー。大丈夫、ねえちゃんのこと重荷なんかに思ったことねえから、これからはもっと守るから」

腫れたまま喋るのは大変だろうからねえちゃんが言いそうなことを先回りして言っておく。
だってさ、絶対ねえちゃんオレらから離れるって言いそうじゃん?
そんなことする必要ない、ねえちゃんを脅かそうとするもの、したものはオレらが排除すればいつも通りだから。
見たことないくらい顔をぐしゃぐしゃにして泣き続けるねえちゃんに大丈夫大丈夫、と言い続け、その日は九井と明司に促されたのもあってさっさと帰った。

 

怖かった。
今まで生きてきてこんなに怖いと思うことはなかった。
拉致られてからも虚勢張っていたけれど、蘭と竜胆が来てくれてから涙腺馬鹿になったみたいに涙が止まらない。
でも、自分が怖い目に遭ったからだけじゃなくて、私なんかの存在ふたりのことを動けなくしていんじゃねえかって、私なんかがいることでふたりを危険に晒してしまうんじゃねえかって。
ああもうぐちゃぐちゃだ。
竜胆の部屋のベッドで蘭と竜胆に挟まれて眠りにつこうとする。
けれどだめだ、怖いのがなかなか消えない。
痛かった、殴られて蹴られて。
死んじゃうのかなって思ったらもっと怖くて。
こういう世界なのはわかっている、蘭と竜胆がこの世界に身を置いているのも、直接ではないけれど私も片足浸しているってのも。

「ねーちゃん、寝れない?」

「竜胆なんか面白い話しろよ、つまんねー話でもいいや、つまんなかったら寝れるし」

「ひでー無茶振りすんなよ兄ちゃん」

「えー?だってそうじゃん、つまんねー話は寝るだろ」

「兄ちゃんがしろよ」

蘭が後ろから腹に腕を回して、竜胆が背中に腕を回す。
高くはない体温に少しだけ安心感を覚えた。
怖かった。
けれどこうしてふたりがいつも通りにしてくれるのが、とても安心する。

「ねーちゃん大丈夫だよ。オレも兄ちゃんも、ねーちゃん守るからさ」

「大丈夫、もう怖いことも痛いこともぜってーねえから」

「……うん」

「あ、三途がヤクキメた話する?この前不良品キメてすっ転んで近くのマグロとちゅーしたの」

「モッチーの話は?あいつ大人ンなって渋くなったからキャバ行くとモテんの」

どの話もそれだけでインパクトあんだけど。
佐野が有名なたい焼き店で買い占めたとか、結局食べれなくて鶴蝶が食べたとか、九井が珍しく株失敗してめちゃくちゃ落ち込んだとか、明司が煙草じゃなくてココアシガレット咥えていたとか。
オマエら本当に犯罪組織かよ。
そんなくだらない話をふたりがするもんだから本当に安心して、自然と瞼が重くなる。

「おやすみねえちゃん」

「ねーちゃんおやすみ」

もう、怖がることはなさそうだ。


親戚のおねえさん アラフォーの姿
シャレにならない巻き込まれ方をした。
個展を片付けている最中に梵天と敵対する組織に攫われて殴られたし蹴られた。
蘭くんと竜胆くんが来てくれたので張り詰めていた糸が切れて泣いた。
ちなみに連れていかれる最中にひとりだけ綺麗な金蹴り決めていたので割と頑丈に拘束されていた裏話がある。
今後GPSを持つようになって常時オンにしているし、個展やイベントの時は蘭くんか竜胆くん、梵天幹部の誰かが着いてくるようになった。

灰谷兄弟 梵天の姿
おねえさんが攫われたと知ってめちゃくちゃキレた、わかりやすいのは竜胆くん、わかりにくいのは蘭くん。
自分たちのアキレス腱になるおねえさんだけど手放したいと思ったことは一度もない。
スクラップしてやろうと思ったけれどそんなモンよりおねえさんの方が大事なので後は任せた。
しばらくおねえさんが弱ったままなのでどちらかか、梵天幹部がつけるように手配する。
大丈夫、もっと守るよ。

梵天の皆さん
おねえさんが攫われたって知って冷静でいられたのは灰谷兄弟が冷静じゃなかったから。
絶許。
ちなみに灰谷兄弟が話した内容は本当にあった梵天のくだらない話。

2023年7月28日