「いい子にしてるからって言ったから連れてきたのに何してんだオマエら」
「痛い痛い痛い痛い!!ねーちゃん!ねーちゃん足痺れてるから!!」
「感覚変!感覚ねえはずなのに痛えんだけど!!痛いってば!!」
「知らんわ」
「ぎゃあああああああ!!」
「いやあああああああ!!」
今日はいい天気だなぁ、憎たらしいくらい晴れてるわ。
ついでにこのふたりも憎たらしいわ、誰だいい子にするからって私にしがみついたガキは。
なのにいい子じゃなかったので思い切り踏んだ、長いこと正座させて痺れの切れた足を。
始まりは母親の法事を実家でやるって父親からの連絡だ。
もうそんなになるのか、なんて思いながら蘭と竜胆に話をして準備をしたのが昨日。
正直法事で母方の親戚に会うのは嫌なんだけどね。
母親の兄弟の子ども……つまり私の従兄に当たるやつがいるんだけど、めちゃくちゃ嫌いなんだわ。
私の父親が資産家なこともあり、私と結婚すれば全部オレに入ってくるよな、なんて前回の法事でほざきやがったの忘れてねえからな。
まあでも母親の法事だから、実家にもそんなに帰ってないからと、用意していたら蘭と竜胆が「オレらも行く!」と駄々を捏ね始めたわけ。
いい子にするから!と粘られて私が折れた、それだけだ。
そういう服を持ってなかったから急いで買いに行ったし、髪も下ろして後ろで結べと言って、それで今日ふたりはビシッと決めたつもりだろうけど、なんかそういう筋の人間にしか見えないんだわ……なんでだろ……これでもっと洒落てるスーツだったらしっくりくる不思議……考えるのやめとこ、未来の私がくしゃみするかもしれない。
そして当日の今日、お坊さんを迎えて読経してもらってお焼香して、まではよかった。
ふたりはこういう場が初めてだって言ってたし、私を見本にすればいいよと教えて、読経の時にちょっとうとうとしてたのは見逃したけどまあ無事に終わった、そこまでは、そこまではよかったんだよ本当に。
問題なのはその後、せっかく父方の親戚も母方の親戚もいるからちょっとしたお食事会をしようって、準備して、談笑までは平和だった。
その談笑の時に件の従兄が私にだる絡みして、もう三十路なのにまだ男のひとりやふたりもいねえのか、オレは結婚するなら二十代の女がいいけどオマエとなら結婚してやろうか、って言い始めなきゃな。
その発言に私がキレる前にふたりがキレた。
従兄の胸倉掴んでガン飛ばして、殴る蹴るが始まる前になんとか私と父親で止めたけど。
珍しく私の制止で止まらなかったから焦ったな……
「だってねえちゃん悔しくねえのかよ!あんなクソ野郎に言われっぱなしで!!」
「男のひとりやふたりここにいんじゃねえか!オレらはねーちゃんの男です!!」
「悔しいっつーか腹立ったわ私が殴る前にオマエらがキレんなっての」
「ほらあ!なのにオレらが踏まれるのおかしい!!異議あり!」
「オレも竜胆と同意見!!ねえちゃんが手ェ出すのももったいねえから手ェ出したのに!ほらいい子だろオレら!!」
「そもそも手ェ出す時点でいい子じゃない、異議は却下」
「ねえちゃん手ェ出してたじゃねーか!」
「ねーちゃんだっていい子じゃねえだろ!」
「いいんだよ私は」
「理不尽!」
「狡い!」
ちなみにその従兄はきっちり私がぶん殴りました、母親の法事で無礼なことしてんじゃねえよ。
従兄は従兄の両親に馬鹿者と怒鳴りつけられ、深々と両親に無理矢理頭を下げさせられたけど、そんな土下座に価値なんてねえよ。
さっさと帰ってくれて安心したけどさ。
父親が笑いながら、オマエ蘭と竜胆に愛されてんなあなんて言う。
「オマエが元気で安心したわ、母さんも安心してるよ」
「まあ、なんだかんだ楽しくふたりともやってるから」
「三人とも日帰りだろ?菓子持ってけ」
「ん、ありがと」
ふたりの足を踏んでいた自分の足をどかし、ひいひいと痺れと痛みに泣いている蘭と竜胆を横目に父親から菓子折りをもらった。
あなたも相変わらずねえ、と父方と母方の親戚たちに笑われながら私と蘭と竜胆は帰り支度を始める。
最後に仏壇に手を合わせ、母親にまあ自由に楽しくやってるから安心して、と声をかけてから実家を出た。
親戚たちに頭を下げると、蘭と竜胆もぎこちなくだけど頭を下げる。
あの蘭くんと竜胆くんもあなたの前では普通の男の子ねえ、と言われていたけれど私の前以外では手のつけらんねえ悪ガキたちだ。
そういうところも、私はふたりらしさだと思ってるけどね。
「はー法事って硬っ苦しいなぁ」
「坊主がなんて言ってんのかわかんねえよ、寝る呪文じゃん」
「否定はしないけど読経中頑張って起きててくれ」
六本木への帰り道、父親からもらった紙袋を持って夜ご飯の買い出しをする。
道行く人が主に蘭と竜胆の姿を見てギョッとするけど、やっぱりその筋の人間にしか見えないよな。
ちゃんとピアス外しているのは好感持てる、偉いな。
そう言えばふたりはてれてれと嬉しそうに笑った。
「つーかオレらの親戚って意外といるんだな」
「それ思った。オレら伯父さんとねえちゃんくらいしか知らなかったわ」
まあ悪ガキたちは気侭過ぎて親戚の集まりに来なかったもんな。
ふたりの母親も、私の叔母に当たるあの人は今日来なかったし。
もしかしたら私たちや親戚たちが帰ってから来るのかもしれない、私は覚えていないけれど叔母は私の母親のことを姉のように慕っていたと父親も言っていた。
蘭と竜胆に会いたくないのかな、形はどうあれふたりは捨てられたと言ってもおかしくない。
……ふたりは全く気にしてねえけどな、むしろ自由さに拍車がかかった。
「ねーちゃんのあの従兄やべーやつだな」
「今度殴り込みに行くか?もうねえちゃんに会えないくらいにさ」
「それを私の前で話すオマエらさては懲りてねえな?」
手に持った缶チューハイに力を入れてミシッと音がすればなんでもないですと蘭と竜胆は首を横に振る。
今日の夜はふたりの好きなものを多めに作ろうかな、多少揉めたけれどなんだかんだそこまではいい子にしていたから。
たまには私も飲みたい、そんな気分。
蘭と竜胆がリキュールやつまみを大量に買い物カゴに入れるのを見て、重たくなってきたところでカートを押し進めた。
「そういやさ、ねえちゃんの母ちゃんってどんな人?」
「あ、それオレも知りたい。会ったことねえもん」
「のほほんとした優しい人だったよ。父親が若い頃にやんちゃしててもあらあらまあまあで済ませるくらいには肝も据わっていたってさ」
「……ねーちゃんその要素どこに置いてきたの?」
「ねえちゃん完全に伯父さんの特徴しか継いでねえじゃん」
そりゃ小学校上がる頃には父親だけだったからこうなるだろ、むしろオマエらもその狂暴さは誰に似た。
……もしかしたら蘭と竜胆も私の父親のそういうところに似ているのかもしれない、血筋って怖いな。
さあ今日は作業する予定はないから遅くまで飲んでみようかな、ふたりにも付き合ってもらってさ。
一緒に暮らしてはいるけれど、そういう機会が意外と少ないからか、私の言葉に蘭と竜胆はねえちゃんと飲みだ!やったー!なんて子どものようにはしゃいでいた。
親戚のおねえさん
いい子にするから!という言葉を信じたもののいい子じゃなかったので正座させて痺れの切れた足を踏んだ、遠慮なくぐりぐりと。
おねえさんのお母さんはおねえさんが小学校上がる前に亡くなっている、今日は何度目かの法事。
親戚の集まりは苦手、従兄みたいな人間も多いので。
でも同じ従弟でも蘭くんと竜胆くんは言葉にしないけど好きだよ、ちょっとやんちゃしてるから怒ること少なからずあるけれど。
灰谷兄弟
おねえさんに失礼なことしか言わないおねえさんの従兄を締め上げようと思ったらおねえさんに痺れの切れた足を踏まれた、ぐりぐりと、感覚ないはずなのに痛い!なにこれ!!
やんちゃしてるのもあって親戚の集まりとか行ったことなかった、今回はねーちゃんの母ちゃんってどんな人なのかな?って興味から。
スーツ姿が完全にその筋の人間にしか見えないふたり、きっとそれはとある未来に繋がっているかもしれない。
でもちゃんとピアスも外して言われたように髪も下ろして纏めたし途中まではいい子にしてた、オレらいい子!!