「ねえちゃん、好き。従姉じゃなくて、ひとりの女として、超好き」
「……え」
「きっと二年前に言ったらガキが何か言ってんなって思われんだろうから待ったの、オレ本気だよ」
ねえちゃんが好き。
それはずっと変わらない。
オレらのために親よりも誰よりも怒ってくれたのは後にも先にもきっとねえちゃんだけ。
それが恋慕に変わるなんてオレも思わなかったけど。
いや、もしかしたら最初から恋慕だったかもしんねえわ。
ねえちゃんの視界にいたいと思ったり、絵を見るよりも、竜胆を見るよりも、オレを見てほしいと思うことが多かった。
オレと竜胆は兄弟だから、好きなモンは分け合いっこ、なんて思っていたのは最初っきり。
竜胆もオレの気持ちに気づいたのは早かった。
それとなくねえちゃんとふたりになる場面を作ったりしてくれたしさ、できた弟を持つと兄ちゃんはとっても嬉しいわ。
今日もねえちゃんの買い出しにオレが行くように取り計らってくれて、こうしてねえちゃんにオレの気持ちをちゃんと伝えることができたし。
ちらりとねえちゃんを見ると、信じられないと言わんばかりの表情でオレを見上げていた。
そうだよなぁ、そういう反応するよな。
でも、本心だから。
オレはねえちゃんがいい、ねえちゃんじゃなきゃ嫌だ。
そっと手を伸ばしてねえちゃんの頬に触れる。
振り払うでも避けるでもなく、そこにいてくれるねえちゃんに心臓がきゅうと締まるような気がした。
「ねえちゃんはさ、オレのこと、嫌い?それとも好き?」
「……嫌いなわけ、ないじゃん」
「じゃあ好き?オレのこと、男として見てほしい」
ずっとねえちゃんからしたらオレは弟かもしんねえけど、オレからしたらねえちゃんは大好きな従姉の前に大好きな女だ。
ねえちゃんしか見てねえから、ねえちゃんしか考えらんねえもん。
こつんと額同士を合わせれば、ぶわりとねえちゃんが顔を赤くした。
あー見たことねえなぁ、そういう顔。
いつも無表情か、澄ましているか、怒っているかだもんな、笑うのだって珍しいのに。
オレがねえちゃんにこういう顔させたんだと思うと竜胆にゃ悪ィけどちょっと優越感。
ダメ押しとばかりにねえちゃんの空いている手に触れれば、ねえちゃんは戸惑ったように視線を泳がせる。
……なんか、意外とねえちゃんわかりやすいな?
可愛いな、なんて思っちまう。
「あ……私……」
「うん」
「蘭のこと、ずっと従弟だと思っていたから、その……」
「ゆっくりでいーよ」
「ん……急に、そうは見れないかも、だけど」
もしも、私なんかでいいのなら、うん……蘭と、従姉弟じゃない関係に、なりたい……な。
後半はほとんど声になっていなかったような気もするけど、それはねえちゃんの気持ちだろうな。
嬉しくて人目もはばからずねえちゃんを抱きしめれば、ビビったように体を硬直させた。
ここ往来!と慌てたように言うねえちゃんに迫力なんて全くねえわ。
今日はいい天気だったなぁ、多分、途中買い出しに行った時に蘭の言葉でどんな天気か忘れたけれど。
あの後蘭と手を繋いで帰って、竜胆が夕飯の支度を始めながら私と蘭の様子になにか納得はしていた。
なんなの一体。
竜胆から夕飯の支度を引き継いで、私が台所で準備をする。
その間にふたりは風呂入ってくるってさ。
しかもふたり揃って。
いや珍しいわけじゃないんだけどさ、蘭と竜胆はよく一緒風呂入ってるし。
手元に気をつけながら、蘭に言われた言葉を思い出す。
そっかあ、蘭の中ではもう従姉じゃないか。
それが良いのか悪いのかわからない、私は蘭のことまだ従弟として見ていたし、それでもいつもあんなんなあいつが真剣な顔してたから、応えてやらない方が残酷だと思った。
蘭が私を見る目が違うっていうことは察していたというか、なんというか。
だって、私は人に見てもらうものを作るから、どんな目で何を見ているのかわかる方だと思う。
いつからだろう、それはわからないけど。
竜胆と同じ目をしているのに、そこに混ざるものが違うのくらい、わかるんだよ。
私もよくそんな目して尊敬する絵師さんの絵を見るから覚えがあるんだよ。
まさか、蘭が私をそういう目で見ていたとか、ちょっと信じられないというか。
だって年齢差もあるし、従姉弟だし。
はあ、と息を吐いて切っていた豆腐を鍋に突っ込んだ。
それから夕飯を終え、私もさっさと風呂を終えて作業に移る。
次の個展に新作二枚描くんだけれど、案がなかなか浮かばねえ。
青空じゃなくて台風っぽいの描こうかな。
一枚はそれにしよう。
鉛筆で薄く下描きをして、それから下塗り。
作業時間短縮でドライヤーを使って絵を乾かしていると、ドアがノックされた。
「ねえちゃん、コーヒー持ってきたけど飲む?」
「ありがとう、もらう」
トレーにマグカップを二つ乗せた蘭が部屋に入る。
私の作業の邪魔にならないところにマグカップを置くと、片手にマグカップを持って蘭がぴったりと体を寄せた。
あのね、あんなこと言われた後だと変に意識しちまうんで少し離れてほしいんだけど。
わかってやっている気もするけれど、利き腕とは反対にいるので特に何も言わないけど。
この絵に青はあまり使わないけれど、差し色にしたいので少しだけパレットに出して灰色や黒とちょっと混ぜて色を塗っていく。
とても静か。
時計の針の音と、私が絵を塗る音、それから蘭と私の息遣い。
「ねえちゃん」
「ん」
「ちょっと緊張してる?」
「……言わなくても蘭はわかると思ってんけど」
「んふふ、やっぱりぃ?」
ねえちゃん可愛いなー、嬉しそうに口にして私の肩にすりすりと顔を擦り付ける。
猫か。
一度手を止めて、蘭を見ればこっちをまっすぐ見ている目と合った。
嬉しそうに表情を緩め、腕を絡ませて手を握る。
私よりちょっと温かい手。
「私さ」
「うん」
「言葉にするのって、小っ恥ずかしいんだわ」
「知ってるよ、ねえちゃん意外と可愛いよなあ」
「……」
この、余裕そうな顔が気に食わねえんだけど。
マグカップを取ってコーヒーを口にし、それから余裕そうに笑う蘭に顔を近づけた。
軽くリップ音を立てて、顕になっている額に唇を落とす。
すると余裕そうな表情はあっという間に真っ赤になって狼狽え始めた。
え、え、ねえちゃん!?ねえちょっと!なんて聞いてくる蘭は知らん。
残りのコーヒーを飲み干し、寝間着の袖を引く蘭をそのままに作業に戻る。
お互い余裕なんてねえな。
ねえってば!と余裕なさげにしている蘭をそのままにしてなるべく無心で絵に色を塗った。
親戚のおねえさん
蘭くんに告白された。
そんなまっすぐに言われると、その、ちょっと照れる。
お付き合い経験がないわけじゃないけど、そういうところまで意識したことなかったからかなり動揺してる、してやられた。
わかってはいた、蘭くんがおねえさんに向ける視線の意味を。
灰谷蘭
おねえさんに告白した。
従姉だなんてもう思ってない、従姉だけどひとりの女性としてずっと見ている。
成人してなかったらあしらわれて終わっていただろうなってわかってたから我慢してた。
余裕のねえとこ可愛い、けれど額とはいえちゅーされて余裕なくした。
この日からおねえさんのお部屋で寝る頻度がめちゃくちゃ上がった。
そのうちねえちゃんじゃなくて名前って名前で呼ぶ。
灰谷竜胆
兄ちゃんがねーちゃんのことどう思ってるかなんてわかってんだよ、弟だから。
兄ちゃんとねーちゃんくっつけばねーちゃんは姉ちゃんになるよなーそれはめちゃくちゃ嬉しい。
ってことで蘭くんとおねえさんがふたりになるように取り計らっていたりしていた。
ねーちゃんは大切な従姉!