兄ちゃんとねーちゃんが入籍した。
五年くらい前、兄ちゃんの念願叶ってねーちゃんは灰谷名前になった。
兄ちゃんの舞い上がり具合やべーの。
どんくらいやべーって、あの三途がオレに肩ポンするくらい。
ずーっと幸せそう、そんな兄ちゃん見てるとオレも嬉しいし、楽しい。
けれど気になるのはふたりが子どもつくらないところか。
ふたりが入籍して、オレ家出ようかって聞いたら兄ちゃんは出なくてよくね?なんて当たり前のように首傾げてた。
だってさ、結婚したら子ども欲しいとか思うのが普通じゃねえの?
ねーちゃんはオレに無理に家にいなくてもいいし、無理に出なくてもいいとは言ってくれたけどさ。
五年経つのに、兄ちゃんとねーちゃんの間に子どもはできない。
やるこたァやってるみてーだけどさ、やっぱり気になんじゃん。
そう明司に言えば、本人たちにゃ本人たちのペースがあるだろって言ってたな。
兄ちゃんのことだから名前との子ども欲しいって言いそうな気はしたのに。
とまあ、兄ちゃんがいない内にねーちゃんに聞けば、ねーちゃんは少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。
「まあ蘭とも話したんだけどね、いいんだって」
「いいって……?」
「授かりものだし、できたらその時だし無理に欲しいとは言わないって。私も妊娠やら出産やら考えるとそういう意味では高齢に入るし、蘭も自分の立場があるから危険な目には遭わせらんないってさ」
コーヒーを飲みながらクッキーを摘むねーちゃんがそう言う。
へえー、兄ちゃんも考えてんだな。
……まあ、そうだな……オレだったら好きな人、愛している人との間にだったら子ども欲しいとは思うな。
でも真っ当ではない世界に身を置いているし、将来考えたら危険なことには変わりない。
それに、オレたちは三人が当たり前だったから、三人から増えることが考えらんないのかも。
「ねーちゃんは、兄ちゃんの子ども欲しいって思ってんの?」
「絶対欲しいってわけじゃねえかな、でもいたら楽しいだろうしもっと幸せってのを噛み締められるんだろうね」
今でも十分、幸せにしてもらってると思うよ。
そう言って左手薬指の指輪を優しい目で撫でるねーちゃんに、ねーちゃんも変わったなと感じる。
怒る時は怒るけれど、表情が豊かになった。
鉄面皮ってわけじゃねーけどさ。
もしも兄ちゃんとねーちゃんに子どもができたらどんな子になるんだろう。
少なくとも強かな子どもにはなるんだろうな、だって兄ちゃんとねーちゃんだし。
「何、竜胆は子ども欲しいの?」
「あっ!?いや!?オレが欲しいんじゃなくて……なんでつくんねえのかなって、ちょっと心配してたから……」
「明司にも同じこと聞かれたよ、上手くいってねえのかって気にしてたし。でも私と蘭は今言った考えだよ」
「……ならいいんだ」
兄ちゃんとねーちゃんがそう決めているんならさ。
ねーちゃんからそれ聞けてよかったかも。
自然と笑えばねーちゃんは少しだけ表情を緩めた。
「子どもが必ずいるのが家族じゃないだろ。実際、蘭と竜胆と私で家族なんだしさ」
「うん」
そうだな。
ねーちゃんに構ってほしくてはやらかして怒られる兄ちゃんもいるし、オレも悪気なくやらかして怒られるし。
変わったのは兄ちゃんとねーちゃんの関係だけ。
お互い好きで、愛していて、名実共に夫婦になってるってところ。
ふたりを見ていればオレも嬉しい、ねーちゃんが本当の姉ちゃんになってさ。
……逆に家出なくてよかったかも。
誰よりも特等席で、兄ちゃんとねーちゃんのこと見ていられるから。
「竜胆が子どもつくらないのかってさ」
「それ三途とボスにも聞かれたわ」
「そんだけ気にしてくれてんでしょ」
名前がそう言いながらスマートフォンを充電器に繋げてベッドに横たわる。
よかれと思って気にしてくれてんのはわかんだけどさぁ、姑か、特に三途。
どうするかは名前と割りと早い段階で話し合っていたし、急ぐ必要も頑張る必要はない。
というかオレとしては名前を独り占めできなくなるのはやだ。
名前の隣ににオレも横になり、抱え込むように腕を回した。
あーでも竜胆には話してやってもよかったのかもな。
やけに気ィ遣ってんし、こっちとしては気ィ遣わなくていいのによ。
「名前はどーなの?やっぱり欲しい?」
「前にも言ったじゃん、授かりものだって」
「そうだったわ」
「そういう蘭は?」
「んー……ぶっちゃけわかんね」
「だろうね」
名前が子ども産むとか、オレが父親になるとか。
真っ当な人生なんて歩いてねーんだわ、親がちゃんといてくれたのだってそんな長くない。
オレと名前が結婚したって報せはきっと伯父さんから両親に届いたんだろうけどな、母親からは少しばかりの祝福の言葉を、父親からは何もなかったけど。
この人生でオレと一番長いのはきっと竜胆、その次に名前。
ねえちゃんって慕っている時は今とはまた違う気持ちだったけどさ、今が楽しいならいいって。
でも自分の気持ち自覚して、こうして名前と夫婦になって、またその時とは違う。
続けばいいって思う、竜胆と名前がいて、それが長く続けばいいってさ。
そこに自分の子どもができて、入るなんて想像はオレにはできない。
これしか知らねえから。
「いーんじゃない?何も子どもが必ずいるのが普通じゃないし」
「……それ竜胆にも言ったろ」
「納得してくれたよ」
「……本当に子ども欲しいわけじゃねーの?」
「世間一般では夫婦に子どもがいるのが普通なのかもしれなくてもさ、別に世間なんて私たちに関係ないでしょ。私たちは私たちの形でさ」
何今さら言ってんだよ、名前がオレを見て微笑む。
それもそっか。
オレたちはこれが普通だ、今までもこれからも。
オレがいて、竜胆がいて、名前がいて。
それがオレたち家族。
必ず子どもが必要なわけでもない、授かりものって名前は言ってるし、もしもできたらその時はその時。
変に気にしなくていいし、頑張らなくていい。
でも、そうだなぁ。
きっとできたらなんだかんだ大切に思うんだろうな。
ずっとねえちゃんって慕っていた人、大好きな人、愛している名前との子どもなら、絶対大切に思う。
立場がどんなに真っ当じゃなくても、そこはオレなりに大切にできるよ。
「でもなぁー、名前のことぜってー独り占めできなくなんじゃん。それはやだなー」
「はいはい、知ってる知ってる」
名前の肩口に顔を埋めてグリグリと押し付ければ、名前もオレに腕を回して頭を撫でる。
十二年前ならこんな関係になれるとは思ってなかった。
だって名前はオレよりも年上で、最初からずっと大人で。
一番近い大人だったから、オレみてーなガキなんてただの弟にしか見てくれねーだろうなって思っていたから。
それがこうして夫婦になって、ずっと一緒で将来の話をすんの、わかんねーよな人って。
オレもだし名前もだし。
「授かりものってんならヤる?一発当たるかもよ」
「明日お互い仕事あんだろ寝ろ」
「ですよねぇー……」
するすると名前の足に手を這わせたらぺしっと叩かれた。
仕事ない日にね、と名前が呆れたように溜め息を吐く。
悪くない、むしろ好き。
素直に言葉にするのが苦手な名前がオレに身を寄せて目を閉じたのを見て、名前に回した腕に力を入れてオレも目を閉じた。
元親戚のおねえさん
灰谷名前になりました、灰谷蘭の奥さん、そして名実共に灰谷竜胆のお姉さん。
子ども欲しいか欲しくないかって聞かれたら授かりものだし、でもできたら嬉しい。
各所から心配されてんなあ、と改めて実感。
ちょっと表情豊かになった。
灰谷蘭
念願叶って灰谷名前にしたぞー!と常に舞い上がっている、もう新婚の時期は終わったぞ。
子どものことに関してはおねえさんに負担かけたくないし、おねえさん独り占めしたいし、自分の立場が立場だし、別にいなくてもいいかなって思ってる。
でもできたら大切にできるかも。
最近三途くんが姑かってレベルで子どもつくんねえの?って聞くからその度乱闘になることも。
正直自分が親になるってことがよくわからないところある。
ヤる?ってお誘いしたら軽く怒られた。
灰谷竜胆
実はねーちゃんが姉ちゃんになったー!ってはしゃいでいた。
なかなか子どもの話出てこないから心配してた人。
でも自分が弟だし子どもいたらお兄ちゃんになれる!って思っていたり。
蘭くんとおねえさんが結婚した後に家出ようかなって思っていたけど蘭くんに出なくてよくね?と言われおねえさんに無理に出なくてもいいよと言われてそのまま。
大丈夫、兄ちゃんとねーちゃんのそういうこと聞かねえようにそういう雰囲気の時は外出てるから!おかまいなく!!