もしも灰谷竜胆とそういう関係になっていたら①

「名前」

「なに」

「名前ー」

「だからなに」

「へへ……いや、いいなーってさ」

今日はいい天気だなぁ、明日大雨らしいけど。
特に今日は作業の予定はないのでリビングのソファーでコーヒー片手にだらだらと過ごしている。
ただ、そのソファーと私の間に竜胆がいるけれど。
後ろから私を抱きしめるような体勢で、肩に顎を乗せて飽きないのかってくらい名前を呼ぶ。
まあそりゃね、従姉弟じゃなくなった……のかな。
ねーちゃんが好き、と言われてそれを思うことはあれど受け入れて、世間から見りゃ従姉弟であると同時に恋人関係って言うのかな。
蘭は「やぁーっとくっついた?」と嬉しそうに笑っていた。
竜胆は私をひとりの女として好きなんだってさ。
従姉だし十も歳上だけど?三十路だけど?と言えばそんなの関係ねぇよとまっすぐな目で言われたんだ。
応えられないわけねえじゃん。
関係の名前は変わったかもしれないけど、そんなに大きくは変わってない、と思う。
オマエピュアなんだなあ……と実感したくらいで。
キスしようとして顔を近づけてきたと思ったら顔真っ赤にして離れるし、竜胆が風呂上がり脱衣所で着替えているところに遭遇したらキャー!なんて乙女顔負けの悲鳴上げるし。
……なんなの?関係変わるとそういう意識も変わるもんなの?
ただ、私をこうして抱きしめたり私をねーちゃんじゃなくて名前で呼んだりは好きらしいけど。
あーあとあれだ、竜胆の前で蘭がふざけて私の顔に顔を寄せたら「何してんだよ!!」なんて割りと本気で怒ってはいたなー。
シャレにならない兄弟喧嘩始まりそうだったから手っ取り早く簀巻きにしておいたけど。

「今度ここ行きてーな……でっ、でっデートしよ……?」

「なんで吃った」

竜胆が指差したのは私が呼んでいた旅行雑誌のページ。
私に旅行の予定はない、今のところは。
絵の資料集めに行こうかなとは思っているけれど。
日帰りできなくはない距離だし、一緒に行くのもいいかもな。

「名前はどこ泊まりてえ?」

「え、泊まるの?」

「泊まるだろ?あー……ほら、こことか好きそう」

露天風呂付きの旅館。
部屋によっては客室に露天風呂付いてるっぽい。
山見るのいいな、晴れたらきっと綺麗だろう。
夕陽なんか絶対綺麗だ、確かに好き。
あれよあれよと話が進み、今週末に旅行が決まった。
ちょい待ち蘭は?蘭の予定は?
聞けば兄ちゃんにはお土産買ってこーぜと、まさかの私と竜胆のふたり。
拗ねんじゃねえの?

「大丈夫、つーか兄ちゃんにどっか行って来ればって言われてたし」

「……じゃあいっか」

「予約しちまうよ?」

「うん」

「何で行く?バイク?電車?あ、電車にしよ!」

若いってすげーな、私抱えたままあっという間に電話して旅館予約しちまったよ。
まあバイクでも一時間はかかるし、そんなにバイクに乗ってられるかと言われれば私は途中で根を上げるだろうなあ。
乗り換えで、新幹線と登山線使って行こう。
その後帰ってきた蘭に竜胆が週末に旅行行ってくるわ!と言えばお土産よろしくと言われた。

 

ねーちゃん、あ、いや、名前と旅行だ!!とめちゃくちゃ張り切ってなんか夜寝らんなかった。
旅行当日、名前は電車や新幹線の時間に間に合うように余裕で起きてたけれど、オレは寝不足でちょっと眠かった。
兄ちゃんには遠足前の小学生かよと笑われたけど言い返せなかった、その通り過ぎて。
ふたり分の荷物は名前のキャリーケースに入れて、名前は小さめのリュックを背負う、旅行雑誌とスケッチブックも入れていた。
オレは貴重品だけだからズボンのポケットに入れるだけ。
電車と新幹線では名前に寄りかかってうとうとしていた、駅弁食べる時は起きてた。
新幹線から降りると、今度は現地までの登山線に乗る。
電車乗ったことはそりゃあるけれど、こういうのには乗ったことなかったから眠気なんて吹っ飛んだ。
名前は以前、仕事辞めた後にひとりでいろんなところに行ってたらしいから慣れているみてーだけど、オレと同じように景色にべったり。
バイクでもいいかな、なんて最初思ったけど電車ありだわ。
それから予約した旅館のある駅で降りて、先に旅館へ向かう、そこまでは旅館のバス。
荷物預けてからな、山だしキャリーケースが邪魔になる。

「どこから行く?」

「竜胆が気になるところから行こうか、私が行きたいのはその道中だからさ、遠くから回ろうよ」

「おっけ、そうしようぜ」

観光地とはいえ山だから歩くのはちょっと大変だった。
名前よりオレの方が根を上げてた。
都会しか歩いたことねえから、ちょっと、辛い。
食べ歩きしながら休憩して、目的地を回って。
硫黄の匂いっての?独特でふたり揃って顔を顰めたりもした。
黒い玉子は食べると寿命延びるんだってさ、なんて名前が言いながら両手に持って食べてはふたつめの半分くらいでおなかいっぱい、とオレに差し出したのでそれを食う。
オレが行きたかったところを見て回って、それから次は名前の行きたかったところ。
山の中なのに美術館あるんだな、なんかめちゃくちゃ広くね?なんで室内じゃねえの?めちゃくちゃ歩くじゃん。
またオレがひいひい言いながら、名前の見たいところは美術館の敷地の一番奥なので頑張って歩く。

「……これ登るの?エレベーターねえの?」

「階段。竜胆待っててもいいよ」

「……行く!」

名前が見たかったのは塔みてーなやつ。
外から見たらわかんねえけど、中に入ったらステンドグラスが綺麗だった。
一番上までまたぜえぜえしながら階段を上がる。
何もなかったら挫けるかもしんねえ。
一番上まで上がりきると、確かに何もなかった、けれど、見晴らしのいい景色に名前は目を輝かせていた。
すげーキラキラした目、オレには景色いいなくらいしかわかんねえけど、名前には違うんだろうな。

「なんか、遠くまで来てるんだなって思うわ」

「まあ遠いかもね、でもいつも見慣れている高さとは違うでしょ?」

好きだなーなんて珍しく名前が笑う。
ああ、やっぱり好きだなあ。
兄ちゃんには悪いけど、今のこの名前を独り占めできてるのもすげー嬉しい。
欄干に体を預ける名前に寄り添えば、名前も少しこちらへ体を寄せる。
これからいろんなとこ行って、いろんなもんを名前と見てえなあ。
ここから旅館まで戻る道中の過酷さなんて忘れて、しばらく名前と高いところから景色を見ていた。
あ、ちなみに旅館に行って部屋の露天風呂でも名前がはしゃいでいたんだわ、オレは翌朝の筋肉痛に悲鳴上げたけど。


親戚のおねえさん
竜胆くんと恋人関係になった。
ただの世間話のつもりがいつの間にか旅行行くことになって旅行行った。
あちこち歩いて回るのは苦じゃないので、歩き回ることに関しては強い。
美味しいもの食べれて、見たいもん見れて、露天風呂入ったからご満悦。

灰谷竜胆
おねえさんと恋人関係になった。
そのまま旅行行こうぜ!ってノリで旅館予約した行動力の化身。
山道歩き慣れてないのでひいひい言ってた、休憩も多かったけど美味しいもの食べた。
蘭くんには悪いけどおねえさん独り占めできて嬉しい。
この後露天風呂から出たら爆睡するし、翌朝の筋肉痛に悲鳴上げてた。
ちゃんと蘭くんや六破羅単代のメンバーにお土産選んで買った、大量のお菓子。

灰谷蘭
弟とおねえさんがくっついたのでにっこり。
ふたり揃って旅行行けば一線越え……ねえか。
お土産は美味しく頂いた。
ねえちゃんは大切な従姉!
ところで弟とねえちゃんがくっついたらオレはねえちゃんのお兄さんになるで合ってる?

2023年7月29日