「はじめまして三ツ谷さん、今日はよろしくお願いします」
「は、はじめまして!お願いします!」
今日はいい天気だなぁ、さっきまで雨降っていたけれどもう快晴だ。
今回、とあるデザイナーさんとお仕事するのはどうかと話が来たのでとりあえず会いに来た。
私より若い男の人三ツ谷さんだったか、緊張しているのか固い表情で頭を下げ、私と彼を引き合わせた担当さんに促されて席に腰掛ける。
私も初めてのタイプの企画だけど、素敵な企画だと思うな。
私の絵をモチーフにした服を作るんだって。
原画ではないけれど、先生のお気に入りの絵を何枚か見せていただいてもいいですかと担当さんに言われていたのでコピー用紙に印刷したものを取り出した。
ほとんどが青空ばかりだけど、雨空や曇り空、蘭と竜胆の花を描き込んだものもある。
お気に入りというか、思い入れのあるものを持ってきたつもり。
それをテーブルに広げると、三ツ谷さんは感嘆の息を漏らした。
どんな服にするかはわからないけれど、選択肢は多い方がいいと思って。
私も初めてだから勝手がわからないけれどさ。
担当さんと三ツ谷さんが紙を手に取り、これなんか……と話を始める。
「ワンピースなんかイメージしやすいと思うんですよね、三ツ谷くんと先生はどう思いますか?」
「えっと、この花も描かれているやつはワンピースとかドレスとか、大きく見せると綺麗になると思うんです。あと曇り空なんかはパーカーにするとかっこいいですよね」
「雨空のはレインコートでもいっかなとは思います。あまり自分が服に頓着しないんで参考にならないかもだけど……」
あーでもないこーでもないと話を進め、ワンピースとパーカーを作ることは決まった。
三ツ谷さんが持ってきたという生地をテーブルに広げ、今度は着心地の話になる。
本当にあまり気にしないんだよね、今日だって私スーツで来てるし。
自分の絵が紙ではない何かになるのはちょっとワクワクするな、ワンピース着る機会は少なさそうだけど、個展で着たら様になりそうだ。
パーカーは蘭と竜胆にいいかもね、ふたりはスーツのこと多いけれどオフの時はゆったりとしたものを着る時多い。
「ただ絵をプリントするだけはもったいないんで、ボタンとかレースに何か特徴取り込みたいっスね」
「下地が青空で、レースに雲や花はどうです?」
「オシャレになりますね。先生は何か希望は……」
「うーん……可能だったら帽子とかセットにするのどうですか?帽子だったらリボンつけたりできそうですし……」
「おお、晴れの日に着たくなりそう!」
三ツ谷さん楽しそうだな、私も楽しい。
目の前で白紙にさらさらと三ツ谷さんがこんな感じで、とラフを描いた。
担当さんとそれを覗き込み、わあ、と思わず感嘆の息を零す。
モチーフを大きくするか小さくするか、色合いは、なんて打ち合わせは思ったよりも充実していて、気がつけばもう終わる時間。
惜しいですけど今日はこれでお開きにしましょう、と担当さんの声でその場はお開きになった。
広げた紙を集め、時計を確認して蘭と竜胆と買い物の約束をしている時間を計算する。
どこかで時間潰そうかな、適当に歩いてスケッチするのもいいか。
打ち合わせの時に使っている鞄にはスケッチブックも入れているし。
そう考えていると、三ツ谷さんに声をかけられた。
「今日はありがとうございます先生」
「こちらこそ、楽しい時間でした」
「ちょっと相談あるんですけど……いいですか?」
「はい」
「実は……」
三ツ谷さんから聞かされたのは、三ツ谷さんの恩人が六月に結婚式を控えているという話。
花婿と花嫁の衣装を作ることが決まっていて、それとは別にふたりのお色直しのタキシードやドレスを作ることも考えていること。
そのデザインの参考に私の絵を使いたいとのことだった。
「私情で申し訳ないんですけど、よかったら考えてほしくて……」
「その衣装、どんなものにしようか三ツ谷さんの中で考えています?」
「綺麗な青空がいいな、と漠然とですけど……」
「私なんかでよかったらいいですよ。今日持ってきた絵に三ツ谷さんのイメージ通りのものありました?」
「……すげーわがまま言うと、もっと青い空かな……って」
なるほど、確かに今日持ってきた中には眩しいくらいの青空はなかったな。
花婿と花嫁の衣装か、形にするのも初めてだけど、三ツ谷さんがとても真剣なのもわかるしな。
「いいですよ、やりましょう」
「いいんスか!?」
「どうせなら新しく描きますよ、花婿さんと花婿さんに着てもらうなんて素敵ですし」
三ツ谷さんはとても嬉しそうに表情を変えると、ありがとうございます!と私に頭を下げた。
なんかビシッとしていて既視感のあるお辞儀だなあ。
三ツ谷さんと改めて名刺を交換し、また後日この件の話をすることを決めてお互いその場を後にした。
綺麗な青空か、どんな青使って描こうかな。
今だって快晴ではあるけれど、六月に挙式ならもっと濃い青でもいいのかもしれない。
時折空を見上げながら絵の構想を考えてふたりとの待ち合わせ場所に向かうと、いつものスーツを着たふたりが車を停めていた。
「ねーちゃんお疲れ様」
「お疲れー、なんか楽しそうだね」
「ふたりもお疲れ。うん、楽しかったから」
運転席に竜胆が座り、蘭と私は後部座席へ。
今日の仕事の話をすれば、すげーじゃん、とふたりが誇らしげに笑う。
「花婿さんと花婿さんの衣装を作ることにもなった。デザイナーさんとの個人的なお仕事になるけど」
「……え?ねえちゃん結婚すんの?」
「なんでそうなった」
「は!?やだよねーちゃん結婚すんなよ!?」
「私が結婚するとは一言も言ってねえ」
つーか竜胆は前見て運転しろ。
早めに誤解は解けたけど、蘭と竜胆がずるいなんて声を上げる。
そんなこと言われてもな、ちゃんとパーカーはあげるから。
「ふたりが結婚することあれば作ってあげるよ」
「んー……ねえかな」
「ねえんかい」
「ねえちゃんいんならねえな」
「いや私もしねえしそもそもオマエらと結婚した覚えはねえよ」
話が逸れるんだけど。
まあでも、誰かのめでたい日に誰かが私の絵をモチーフにした衣装を着るなんて、絵師冥利に尽きるなあ。
親戚のおねえさん
三ツ谷デザイナーとお仕事してた。
自分の絵が服になるなんて不思議。
三ツ谷くんの恩人さんのために絵を描くことにもなって、いつもよりワクワクしている。
もしかしたらその花婿さんと花嫁さんと顔合わせするかも。
三ツ谷隆
おねえさんとお仕事してた。
担当さんからは過激だけどいい人だよと伝えられていて、提案してすぐ却下されたらどうしよう……と緊張してたけどそんなことなかった。
恩人のためにお色直しの衣装を作りたい。
多分その費用はおねえさんからお祝いに、と全額出してもらう未来があるのでありがたい。
服を作る企画がこの先もあれば組むこと多そう。